認めたくないけれど、人生を振り返ると、人間関係において思いかえしたくない痛々しい失敗ばかり繰り返してきた。できることなら目を向けたくもない出来事ばかり。そして何故だか、状況を上手く学習できず、よくないと知りつつ、つぎもやっちまうんだ!…なんて連鎖を生むのは、「日居空亡」(にちいくうぼう)の特徴である。
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日居空亡とは
日居(にちい)とは、じぶんの精神である。日居が空亡するということは、端的にいえばじぶんの精神の支えがない状態をあらわす。
日居空亡については一般的にあまり触れられることがない。だけど、なんだかじぶんに該当する既存の空亡の特徴にあてはまらないと感じる場合は、可能性として、宿命的に決定している日居空亡があてはまるかもしれない。
日居空亡になる干支の組み合わせは「甲辰」 と「乙巳」 の二つである。(これらが日柱にある場合)ふつう空亡といえば、 戌亥空亡、申酉空亡、午未空亡、辰巳空亡、寅卯空亡、子丑空亡の6つをさす。
それらの空亡にあらわれる要素よりも、ずっと深刻で難しい要素が日居空亡にあらわれるのだ。
基本的な6空亡にくわえて、日居空亡は少々厄介な要素をもってくる存在といえる。
日居空亡の特徴
人の短所はよくみえるけれど、じぶんのことは分かっていない、ということが実際に多くの人間にあてはまる。
実は相手の悪い部分を指摘することは簡単だが、じぶんの姿をみつめることは難しい。相手のことのように、じぶんの行動を分析できないことこそが、日居空亡の個性である。
これは程度によるのだが、日居空亡は物事の良し悪しを推し量るとき、ひとの行動や言動をとても道徳的、合理的かつ正確に把握することができる。
だが、逆にじぶんという存在については゛客観的゛にしか理解できないため、社会的に自我を律して、人間関係における悪きパターンを取り除くことができないのだ。
それが人生における負のパターンを繰り返す原因である。自身のこれまでの言動から学習することが困難で、相手の言動にじぶんの精神を投影することができないため、何度も何度もおなじ類の過ちをおかすことになる。
日居空亡は学ぶことができないハンデともいえよう。
日居空亡にとって、相手という対象はあるが、じぶんという主体がないため、自我活動が極めて利己的になりやすく、じぶん以外の他人を傷つけやすくなる。
他人の精神面に沿うようなこともないため、どこまでも、じぶん本位だ。
また、行動面の矛盾を指摘されると、自身の精神世界に逃げ込み、ますますからに閉じこもる傾向にある。
日居空亡に向く苦痛から解放される生き方は?
日居空亡にとっての良い生き方というのは、つきつめれば自身をどこまでも正当かできる方向性をさす。
自身の人生ストーリーを膨らませ、じぶんの努力で簡潔させる方向性に進むのがよい。
仕事でいえば得意分野を生かした自営業などだ。
そしてなるだけ、他人をまきこまずじぶんの一心で遂行できるような、裁量権をもてるような仕事につくことがよい。
遠慮せず、じぶんを精一杯発揮できる仕事や環境こそが、日居空亡にとっての励みになる、分野だ。
そして、自身の世界観が、さまざまな分野で新しい刺激となって浸透する可能性もありうる。
精一杯自身の主観と瞬発力を発揮するあいだは、失ったものに目を向ける必要がなく、苦痛よりも、生き方を充実させることに着眼することができる。
おわりに
日居空亡は自身をみつめることが困難で幾度も同じような事態を乗り越え、同じような問題を解決しなければならない。そんななかで、自身の個性をいかせる道を選んで進むことが大切だ。