てくてくちとせ

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四柱推命−絶は宇宙人的感性を生かせ

 

アルゴリズムという奴のおかげで、ネット媒体から日記帳の記事が消えて久しい。昔は誰もが「思ったこと、感じたこと」を主流に、呑気に専門分野の記事を書いていた。私もその一人だった。昭和モダンが、脳筋とか精神論とかいわれて文化的風化を辿るように、“無駄“は人生の節々から消えていく。アルゴリズムに支配されそうな世界観でも、絶は、消費者であることを好まない。誇り高い生産者である。下品なテロップ、サムネ、薄っすい流行り言葉があふれ、非合理が消えた世界がどれだけ淋しいか知っている。

 

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■絶の宇宙人的価値観

 

上記のように書けば、あなたの感想ですよねと、キッズ達から帰ってきそうだが、それが何か?エビデンスエビデンスと、頭から甘エビの尻尾が見えそうな奴らばかりだ。絶は宇宙人かもしれない。何十年と生きて文化が変わるなか、ふと感じてしまう。“合理性という文化の中で呼吸し続けるのは辛すぎる。“地球住み。ただしスマホの電磁波と、タイパと経済合理性が自らの幸福に繋がらない。


命式は良くできている。日柱が通根すれば、日主の気質はつよくなり、現実世界に対して現実的な欲望を持つことができる。十二運は生、旺、帰という大まかな3つの流れがある。生じ、強まり、帰すること、つまり人生は子供から大人になり老人となり墓に入る。時を巻き戻すように定めを変えることはできない。


また、いずれ別れがあれば、実にタイミング良く新たな出会いが巡ってくる。四季が感応を刺激する理由は、抜け殻を置いて、成長する蝉の人生を長編ドラマにしているからだ。時代だって今や公衆電話が社会インフラとして議論されるくらい20年前と違う。私が「絶の精神性」について書いた際、十二運だけで物をいうなと言及がきた。


だが、出会いは繰り返すし、過ぎた時代の温度感は帰っては来ない。一巡すれば死なわけだから少なくとも生きている内は過去の空気を吸えない。万物の変遷が十二運に組み込まれているとしたら、絶の地の固有性は否定できないはずである。日主が絶の地になれば、墓に入って時が経ち輪廻転生を迎える準備が整う。芽が大地から顔を出す時期を見定めるように、感性は新たに息吹く。祝福はあるのかもしれないし、ないのかもしれない。もしかすると眼の前に気に食わない世界が広がっている可能性だってある。


そんな訳でいつの間にか手には持ちたくもないスマホを握っていたりするわけだ。電波電波電波。芽吹くような若草の香りも、時間がネックになりせっかくの自然鑑賞と五感はたやすく寸断される。年々時間が加速している?プッチ神父の『メイド・イン・ヘブン』が発動されているのかもしれない。そうは思わないかい?絶=魂の世界、または宇宙、絶の地と感覚受信の関係は合理的に分析できそうにない。


とにかく覆水盆に返らずである。社会に出て不適合者ではないかと、疑問になるまでは、小学校、中学校と通い、流行りの音楽を聴いた。三十代を過ぎれば時間が経つのが本当に早い。過去の痛みがプレス機で、一センチに凝縮されたように今に至る。長らく患ったうつ病の経験も既になかったかのようだ。寝て目を覚まさない日はない。意識が戻ってこないその日について何度も考えた。80代が平均年齢だって、うまく想像がつかないし、何より長すぎる。


画期的だと思える現代社会にいながら自給自足をして生きてみたいと思った。日々Uber ◯atsの宣伝は流れ、タイパ飯の広告が飛び込んでくる。


先日図書館に出向いた。図書館に漂う紙の匂いはなんだか落ち着く。映画にもなったノルウェイの森を見ず、40代に突入した私は小説に手をつけた。緑がトオルを家に誘うシーンがある。紙に手書きで自宅までの道のりを書いて渡す。はていつの作品だっけ。ほんのここ数十年に登場した小説なのに携帯電話というアイテムが登場しないだけでなんと新鮮なことだろう。道に迷えば人に聞くだろうな。


家の冷凍庫には肉がある。昼間に溶かせば食べることができる。魚も、野菜も。でもそれらは目にした時は既に横たわっており、ーーーどこから来たのかーーー世の中的に食べ物への感謝を謳いながら、自分は何一つ体験してないのだ。


勿論私の生まれた昭和時代も、もっと昔の時代人からすれば何らかの体験から切り離されていたことは想像できる。下駄の鼻緒が切れたままは具合が良くない。いずれにしても、絶るためには体験が必要だ。私は飛脚を連想し、彼らが手紙を届ける一日のうちに駆ける距離を想った。飛脚に自らの助走の姿を重ねると、息が詰まる感じや、身体の火照りが呼び覚まされた。ツンと胃が突き上げられる感じがした。その時感じた緊張感は時間が経つにつれ、何か神聖な世界をみた心持ちに変わっていった。


『なければ0から生み出せばいい、宇宙人的価値観を持つ絶の感性を磨くうえで、地球という土台は面白い。』

 

 

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■終わりに


少しスピ的な話にはなるのだけど、絶、hsp、ライトワーカー、カテゴリ違いであってももしかすると、彼らの中には宇宙的価値観を持っている人がいるのかもしれない。消費のために生きるな。愚かな生産者になるな。いつもこのように思う。

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