受容の繭

こころ軽やかに生きる内容を記していきたいとおもいます。

ジョギングはコミュニケーション?引っ越し後の話

今回は引っ越しについて、体験談を書きます。みなさまのなかにも転勤で全国を転々とされた方がいるでしょう。本日は、引っ越しの話にちょいちょいジョギングの話を絡めます。(後に説明します)

引っ越した先が日本国内東京以外の場所なら、県や、道、府の県民性なるものが存在します。ぼくが初めて地元からある中型都市へ引っ越したときは、カルチャーショックの連続でした。方言はもとより、人の感じがまるでちがっている。地元で通用していた事が通用しなかったり、どこの街でもローカルルールが存在することがわかったのです。
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で、なぜジョギングかといえば、ジョギングで人と人との距離感をはかる目的です。完全にぼく流のやり方ですけどね。ジョギングで、仮に田舎道を走るとしましょう。向こうから来る人とすれ違うとき、すれ違った多くの人が顔を合わせてくれたら、人と人の距離感が近い場所。もし、すれ違った人の多くが顔を反らした場合は人と人の距離感が遠い場所。



また、ぼくの場合この方法で、団結力の強い地域か、個人主義的傾向の強い地域かも観察します。


ぼくの地元などは、すれ違い様に会釈をしなければ゛なんだあいつ゛という感じで見られる場所でした。一長一短で、仲間同士の団結力はあるけれど、個人の意見が通りぬくいというのがありますね。


ですから地元を離れてのカルチャーショックを経験して、頭を何度も???して土地へ馴染んでいくと、自分の見えない部分が変わっている事に気づくんですね。他県へ引っ越して地元へ戻った方で、あれ?昔感じてた地元の印象じゃないぞと感じた方もいらっしゃる事でしょう。それはきっと自分が変わったんだと思います。

知らない場所へ行けば行くほど、県民性の違いも感じるけれど、自分の色々な側面も発見するんですね。


ジョギングはその地域に馴染む一手段だとぼくは考えます。繰り返し走っていると、街の雰囲気、人の雰囲気そういったものが無意識の情報となって入ってくる。走る時は、帽子を被ったり、頭にタオルを巻いたり、地域の雰囲気により使い分けます。

県民性の違いとは地域の歴史の違いであり、情緒面の違いであり、それを学ぶのはとても楽しいと感じます。引っ越しを繰り返し、人と人との大雑把な接し方(わかってくれるだろうか)をマスターしていくと、大雑把さが平々凡々に変わっていくミラクルを見るんですね~。


後は食事ですね。極端な話になります。いま住んでいる場所は北海道です。北海道のスーパーのインスタントラーメンのコーナーの7割から8割がまるちゃんで占められています。後の2割くらいが、日清、明星でしょうか。うまかっちゃん(九州発祥のラーメン)はどこだーってはじめなりましたね。もちろん魚コーナーは西日本
の魚はほとんど売られてません。


食べ物の好みが例えば極端に違うと、引っ越し先でつらい思いをするかもしれません。といってもはじまらないので、後は慣れるしかありません。


本日も北海道の雪かき頑張りま~す。