受容の繭

こころ軽やかに生きる内容を記していきたいとおもいます。

自由な生き方をする

 

 

空の彼方に吸い込まれるように、年々からだが軽くるのを感じています。たくさんの人と出逢い、たくさんの経験をするけれど、こころは眩い空の下で風の匂いをかいでいます。ボクはいま昔から知る場所にいます。こころは゛原初の場所゛にあり、調和可能な音源を奏でています。ひごろ、音源と重なる波紋を歓迎したい気持ちで生活を送っています。

 

 悟りを意識

長年、精神的な葛藤をかかえながら、解決策を考えていました。30代をむかえたころに、こころの断捨離をしました。瞑想に取り組み、食の摂生を行いました。そして、徐々に[悟り]への道を目指しはじめたのです。

そしてボクは、じぶんがあまり欲のない人物だと気付きました。極端な表現になるのですが、ものがなければないでかまわない感じなのです。そのかわり精神的な在り方が凄く重要です。

 

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 愛と恐れ

ボクが人生のなかで感じるエネルギーは2つ、[愛]と[恐れ]です。愛の道に進むために恐れを克服したいのです。欲をもつと、それを失うまいとする膂力が生じます。精神的問題でも当てはまります。自己像の固着が肥大しすぎれば、それを支える力も大きくなり、エネルギーを消耗します。つまり欲がないという状態は、ある意味で強いのです。

 

 幼少期

冒頭のボクが抱く、軽い軽い、感覚は幼少期の頃のビジョンかもしれないし、もっと゛原初゛にさかのぼるかもしれません。一ついえるのは35歳を迎えて、欲しいものが幼少期の頃とちっともかわってないのです。゛小さな幸せ゛が大切です。それでいいじゃないかとこころからおもえるのです。あらゆる競争的な音源から離れ、調和的な音源の波紋を愛でたいのです。これまで、たくさん傷つきましたし、これからも傷つくでしょう。ですが、その度に、ボクはじぶんに必要なものを明確にしていくのです。そして不必要なものも。

 

 自由に

自由へのビジョンは、想像することが可能なのです。ところでボクはあまり人と話す方ではありません。人間関係にあまり積極的ではありません。あまりしゃべらなくても、ご縁があれば、引合いますし、いくらたくさんしゃべってもご縁がなければ離れますから。気負いしません。無理をするほうが疲労してしまいます。言動はとっても自由にしていられます。お相手と多くを話さなくても[お相手が大切にしているものを大切にしたい]とおもっています。

 

 原初にいる

原初の場所からきて原初の場所へかえる、そんなフワフワした生活感が、幸せです。原初の場所へ足を踏み入れた人は歓迎したいとおもいます。これからさきもボクは、空の柔らかさや、風が連れてくる緑の匂い、川のせせらぎなどと一緒に原初の場所に居続けるでしょう。愛で生きる動機が、恐れを動機としていきることを拒んでいます。この世のすべての人が愛に包まれることを望んでいます。</p