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四柱推命が残酷といわれる理由と改善点

四柱推命は残酷な占いだ。あんまりだ。こういう意見があるかもしれない。間違いなくモフモフの癒し系占いではない。占いの性質上、物事の核心に迫った判断をする傾向の占いである。実際に四柱推命の鑑定にゆかれて嫌な想いをされたというお話も耳に入ってくる。今回は四柱推命が残酷であるというテーマでお話したい。

 

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■:四柱推命は残酷

 

四柱推命の性質は物事を結論から話す人と似ている。まず「答えありき」の占いだ。そして過程を抜きにして、で?結果は?と、結果第一主義の体質がある。四柱推命を人間だとすると、仕事上の付き合いは別として人間関係でいったら、ちょっと鼻持ちならない。そんな雰囲気を持った占いではある。

 

格局を求めて良い五行、良くない五行を仕分けして、答えを出す。つまり物事の結論を出す占いだ。結果を優先する上司体質の占いだから、ド直球になりがちだ。そもそも、古代中国で生れた占いで、官位の良し悪し(出世等)などを判断する側面から、国に有益か否かが分かればよい。つまり根底が個人に対する、精神的アプローチが基本装備されていない。

 

だが、本来は結果が分かるなら、その結果に繋がる過程に触れることもできるはずだ。結果に繋がる状線に触れて、何かご相談者様に役立てることがないかと発想して回答してゆくことも可能なのだ。過程に共感を示したり、寄り添う姿勢を持つことはできるはずだ。

 

母親と不仲で、母親の元を離れて暮らしたいという、女性が鑑定士から「あなたはこの先もお母様と暮らすことになる」といわれたそうな。女性は泣き出したが、鑑定士は「泣いても仕方ない」といったそうで。私は個人的にはこういう感じの対応は嫌いだ。四柱推命は現在の人権的リテラシーとは相反する占いである。それを差し引いたとしても、核心をついて、終わりなのか?とモヤモヤする。

 

命理学の権威の方の著書に「愛のない人は命理をしてはならない」とある。私もそう思う。占いそのものが残酷であっても、伝え方を工夫するのは、鑑定士の人間性だからだ。ハッキリと結果を述べることと、言葉を選ばないのは別である。結果うんぬんを別にしても鑑定の際の言葉はずっと残るものだからだ。

 

四柱推命は技術面の体系という部分では凄いし、職人的な気質も必要かもしれない。ノリとしてはけっこう身内でカンパイ的なものを感じる。残酷な結果を残酷に伝えるのは、「俺の料理超まずいんだ」といいつつ、何の工夫もせずに、超まずい料理を人前にだすことと同じだ。

 

料理下手だけど頑張って作ったよといって、料理を出すこともできる。この辺りは四柱推命という占い要素だけでなく、人間性の問題だ。超まずい料理を超まずいといいながら、出すなら何で料理したの?となる。

 

■:四柱推命が残酷な理由

 

四柱推命が残酷と思われる理由はいくつかに分かれるが、まずは上記で書かせていただいたように占いの性質があげられる。次に、四柱推命は結果ありきで、鑑定士側が結果の縛りを受けて、選べる回答にはやばやと限界があることだ。

 

悪い結果に対して嘘はいえないし、尽くせる言葉が限られるからだ。占いの性質が過程などを含めてもっと精神色を含んでいれば、言葉もバリエーションを持ちやすい。ただ、そういっても仕方ないので、鑑定士として結果を伝える場合は、人生のドラマを意識するといい。

 

お金持ちになれますか?と問われて、答えがNOであっても、なぜこの人はお金持ちになりいのかといった背景を大切にすれば、鑑定で意識する幅が広がり、当然語彙も増える。結果だけを述べて終わりであれば、コンサルができない。コンサルができなければ人としての信頼を得にくい。

 

逆に結果が分かるなら、逆算して、どうすれば建設的かを述べることも本来できるのだ。つまり結果のみではなく過程にフォーカスすることは大変重要なことだ。

 

■:終わりに

 

もふもふもふもふもふーとす。もふもふもふもふもふもふ。改めて考えても、やはり残酷っちゃ、残酷な占いだなあ。しかし、占いの特徴を建設的な方向に意識することはやはり必要だ。

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