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四柱推命−三島由紀夫さんの命式

学生時代の彼女は、昼は学生夜は飲み屋勤務で、私は親のすねかじり学生だった。お互いの生き方はもとより、価値基準が大きく違っており、三島由紀夫の講義で相席した時にそれは顕著になる。装いは常に派手さを保ちながら、経済観念に余念なく、徹底的な現実主義の彼女が、三島の講義に参加したことが謎だった。三島由紀夫に関しては世間的には祖国を憂い、という図が先行している気がするが死生観の美を念頭に生きた人である。少なくとも当時の私よりは三島の知識が多い彼女をして、その精神行動原理が「ぜんっ全、分からないから興味がある」といっていた。その回答はおそらく没後数十年の三島に対する多くの日本人の心情を代表するものではないだろうか。今日は三島由紀夫さんの命式について書いてみたい。

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三島由紀夫さんの命式

 

その日授業の講義では、三島の同性愛について触れていた。没前の鍛えあげた筋肉質な三島の身体がスクリーンに映る。手を縛られたものもあり、しかし「首」の映像はない。講義では自ら調べる事が困難な情報も多分に含まれていたが、内容の多くはチープな官能的な情報に終始し、三島分析の本質を突いたものではなかった。今にしてそう思う。三島由紀夫といえば、荒い画像のなか、鉢巻をして学生服のような出で立ちで強権的に“何かを叫んでいる“多くの人のなかでそんなイメージだろう。はたまた切腹というインパクトだけが一人歩きをして、ことの顛末は理解されていないかもしれない。

 

以下、三島由紀夫さんの命式 

 

年月日時

甲丁戊癸

子丑戌亥

月令・癸

 

胎元戊辰

身宮乙丑

命宮己巳

 

0歳丁丑、戊寅、己卯、庚辰、辛巳(巳運没)

 

胎元が戊辰で、体質がつよくない子供だったことが、事実と一致する。幼少期の体系は細く、体質も弱く小学校時代イジメを受けていた。あまり三島由紀夫を知らない人々のイメージでは極右の、硬派な日本男児を思い描くかもしれないが………。

 

幼少期に谷崎潤一郎泉鏡花に触発され、後の文才に繫がるのだが、命宮が己巳で、命式の七殺(甲)と合せば、個の技術や能力で生きていく定めだ。

 

幼少期は外での男の子らしい遊びが制限され、身体も細身で弱かったことが、三島由紀夫の劣等感に繫がる。月柱の丁が日主戊を生じれば恩恵があることだが、丑戌の刑ではご実家とは順調ではない流れがある。「仮面の告白」や「金閣寺」その他の作品で、度々三島本人をモチーフに描かれたであろう少年達が登場している。

 

命式の丁と甲が文学に進ませるも、文人としての死とは程遠い最期を迎えたのは何故か。

 

命宮の己巳が時柱の癸亥(お金)を切り離そうとすれば、金銭を求めて生きる人ではない。時柱に癸があり、雨水である癸の繊細な感性をお持ちである。身宮が乙丑で、精神や情緒性を大切にするため、命式から純粋な人物像が浮かび上がる。

 

純粋で細やかな情緒性、幼少期の家庭環境と、コンプレックスとが、複雑に三島のパーソナルを形成するに至った。文章の節々に鋭敏すぎる感性が息づき、非常に繊細な人なのだ。

 

非常にまずいと思うのは、日支の戌が含む丁は、地支、唯一の暖気であるのに、年支、月支、時支はそれを消す勢いを成している点だ。これは、損得勘定の人ではないと同時に、健康面の不穏を暗示している。

 

 

 

三島由紀夫は何故、大衆の前で何事かを訴えかけていたのか、自衛官の野次はどうして起きて、腹を切るに至ったのか、三島の行動は戦後の日本国のあり方と切り離せない事情がある。四柱推命の記事だというのに、私が事前に三島由紀夫の人隣の一端に触れようとするのは、命式解説でも十分に力をいれたいからだ。ご存知だろうか、令和6年の日本の自◯者数は約2万人。日清戦争の死者が約1万3000人。年間の自◯者が戦争の死者より多いのだ。これは、我々が生きている空間が、病んでいる証拠であり、実は三島の訴えや時代の流れを追えば答えが見えてくる。そんな三島由紀夫の訴えを多くの人が知らない。

 

三島由紀夫インパクトを強く印象付けたのが、例の演説映像だろう。かの映像から話をすると、まず三島由紀夫が頭に巻いていた鉢巻は「七生報国」といい、七度生まれ変わっても、国のために尽くす意味を持つ。また抜き身の刀(関の孫六)を携えていたとされる。刀は既に自衛官と刃を交えたため、刃こぼれが多々。それらの状況から、そこには大きな死の覚悟を以て、訴えるべきことがあった。狂気乱心という言葉が使われた事件だが、事実、事件は三島の冷静な覚悟を以て行われた。

 

昭和四十五年、三島由紀夫率と共に躍起した楯の会メンバー四名が益田兼利総監を人質に、憲法改正のために自衛隊に決起を呼びかける。三島事件と呼ばれるものだ。三島は当初、自衛隊を集め、二時間の演説をする予定だった。三島由紀夫が訴えたかったことは要約すれば「自衛隊の本分は日本を守ることであり、日本を守るということは天皇を中心とした歴史文化を守ることである。そのためには理不尽に押し付けられた憲法を改正する必要がある旨」しかし訴えは集まった自衛隊の野次にかき消され、数十分で切り上げ、最期は天皇陛下万歳を三唱後、総務室に戻り自◯を果たす。

 

 

年月日時

甲丁戊癸

子丑戌亥

月令・癸

 

胎元戊辰

身宮乙丑

命宮己巳

 

0歳丁丑、戊寅、己卯、庚辰、辛巳(巳運没)

 

没されたのが辛巳運の巳運、庚戌年である。これは四柱推命を勉強された方々ならなるほどと思える時期だろう。

 

くわえて大運の巳が命式の時柱の財星(亥)と相冲するのはよろしくない。巳運に入れば、亥(お金)のほうではなく命式の丑を欲することになる。命宮の巳も、財との切り離しが見られるため、重複情報となる。

 

辛巳運の辛運か、巳運には決断をされていたのだろう。およそこの大運では二・二六事件を題材とした「憂国」を執筆。この頃には、人生の締めを決断されていたのではないか。描写と三島の思考とが結びつき過ぎている。

 

命式では丁を日主戊が保護して、これを大切にしている。丁は印綬で、正統的な星だ。丁は日支から伸びているため、自分自身が持つ正統的価値観である。

 

しかし丁丑と日柱戊戌が刑すれば、丁という印綬が、自分にとって悪い側面を持つという解釈になる。印(丁)に殉じるという言い方になるだろうか。

 

 

 

 

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◇演説を聴いていたこちら側としては、増していく野次の煩さに悲さを感じた。とはいえ、集まった自衛官達も、上官が人質に取られ、十分に状況を把握できていたとは思えない。この時三島自身十分な説得ができると考えていなかったのではないか。総監室での切腹は失敗したが故の断行ではなく、失敗は見据えた上で三島自身の死の美学に殉じたのではないか。それを理解できた、人質の益田兼利総監は、三島の解釈を勤め、静かに泣く楯の会メンバーに「思いっきり泣いてやれ」と声をかけて、遺体に手を合わせている。(没2名。)

 

通常の思考では度し難い事件であるが、精神性や行動原理の根幹に、三島が長らく愛読していた山本常朝著の「葉隠」に答えがある。葉隠とは、江戸時代に書かれた侍書物だ。兵法、在り方等が描かれている。三島事件の本質が理解できないのは、我々が現代人で、死生観も現代のものを常としているからだ。私も触り程度しか知らないが、葉隠には死生一如(しょうぢいちにょ)という思考が色濃い。死生一如とは生きることと死ぬことは同義という概念である。

 

私は、農業従事者だったが昔から死生一如の意味する部分には通じていた。弱肉強食も共存共栄も表裏一体。生物は死して土に還り、土が生物を育む。知人に話したことはない。占いでいえば私という陽にとって「死」は妻以外で唯一結ばれる陰である。死に嫌われないよう戒める。綺麗に生きねばならない。金儲けや色欲、グルメ、快楽追求それ自体を目的に生きてはならないと。

 

大昔の侍は、七歳になれば命の琴線に触れることを習う。現代と比べて死生観の意義は遥かに重要であった。葉隠にはこうある。起つべき時に起ち、死ぬべき時に死ぬ。鬼滅の刃無限列車がよい例だ。煉獄杏寿郎は人々を守るために起ち、鬼と戦って死ぬという天命を全うした。葉隠では起つべき時に起たず、事を全うしない行為を否定している。

 

葉隠的価値は生きることの長い、短いではない。

 

 

年月日時

甲丁戊癸

子丑戌亥

月令・癸

 

胎元戊辰

身宮乙丑

命宮己巳

 

0歳丁丑、戊寅、己卯、庚辰、辛巳(巳運没)

 

 

命式の甲は七殺で、弾圧や権威、日主の身において危ない要素も合わせ持つ。ただし行動力に通じる星である。正官が身辺正して自らを克己する星だとすれば、七殺はもっと直接的に日主を剋して行動を起こさせる。

 

良くも悪くもという側面を合わせ持つ。命式の七殺は強くないため、凶の要素は小さいが、丁に反生という形で育てられている。これは、ご本人に七殺的思考回路を育てる資質があることを意味する。

 

丁は印綬で正統的な星だから、危険な七殺(甲)を肯定するような天干の流れが存在している。七殺は、行動と通じ、時に強行、そのため自らの七殺はよく管理する必要がある。

 

大運は戊寅、己卯、庚辰と春の接木運のあとで、夏の接木運に入る。すると命式の丁を一層応援する季節にはいり、七殺甲を育てる力が強まる。

 

年柱、月柱の子丑といった鍵が掛かったご本人の地下内部には、誰も立ち入れない面がある。子丑の上の丁が甲を育てるが、内情は見えにくいということだ。

 

三島作品から見える、壮絶な最期は悲しみまみれてというものではなく、澄み渡る晴れた空が垣間見える。憂国のそうした描写の一部を見た。形式美に生きて、形式美に終わるのであれば当然そうだろう。

 

命式の神木である甲は、汚れなく純然と伸びている。年柱から並ぶ子、丑、亥という水の方局は、時柱の癸亥を拠点に並ぶため、自らの情報が広く知れ渡ることになる。

 

 

 

 

◇ことに三島由紀夫のように、純粋な魂の持ち主ならば、葉隠的な価値観に共鳴するのは自然な流れといえるだろう。日本が押し付けられた憲法の中身に従い、侍の精神を失い、経済的豊かさだけを追うことは中身が空洞だといっている。ゆえに自らが起つべき時に起った。葉隠という書物には魔力がある。常に来たるべきタイミングと白刃を連想させる緊張感を宿している。それもそのはず。葉隠の内容は全く「生」を肯定していない。

 

有名な台詞「武士道とは死ぬことと見つけたり」の通りである。現代の価値観とはまるっきり逆なのだ。読んだ者が葉隠的な極端な劇薬を得ることで、日頃みている何気ない景色が輝かしくもみえる。葉隠は自由のための書でもあると三島はいう。理由は劇薬の好転作用にある。例えば親が頭の良い子供に、もっと勉強してよい大学に通わせようとする。だが本人が仕方なくやっていると、子供の生を考える親の意と異なり、子供のなかでは一日一日死が蓄積されている。

 

ではその逆に考える。死は生まれた時に決まっている約束事なのだから傍らにおきながら歩む侍のような姿勢が凛々しい生に繫がると。生のなかに死を包括する死生一如は、切なさ、儚さ、移ろい、物事の機微をリアルに感じとることであり、心の檻から自由になる手段ともいえる。だが純粋すぎる魂には葉隠の劇薬は効き過ぎる。一歩違えば、魔力に取り憑かれると取り返しがつかなくなるからだ。常に自らの弱さを叱咤することを求められているが如く抜け出し難い。

 

 

さて、冒頭で述べたように日本は長寿大国であるに関わらず、年間の自殺者数が、戦死者よりも多い。稼ぎが少ない仕事を底辺といったり、フォロワー数で価値を測ったり、勝ち組、負け組などという経済合理性だけで成立する価値観に染まっている。測陰の情などどこにもない。益田兼利総監が三島の遺体に手を合わせたのは、立場は違えど、国を想う気持ちをお持ちだったからだ。現代社会は道いく人を、自分と幾ばくのルーツをも共にしない赤の他人だと思える。

 

少なくとも人の幸せや喜びというものは共同体や共助を通じて成立すると私は思う。すなわち、自分以外の人々の幸せを意識しながら生きるということだ。

 

 

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