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子供運はどうなの?南の座標が欠けた午未天中の真実|絶持ちがゆく

 

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種類の天中にはそれぞれ、空ぼうしている座標がある。空ぼうとは生まれながらに持ちあわせていない部分ととらえてもよいだろう。例えば辰巳天中ならば、「こころの世界」「精神世界」が空ぼうである。

 

空ぼうの響きと内容にはかなり突飛なものを感じる。さて、本題の午未天中は「子供運がない」とか「年下との縁が薄い」など、いろいろないわれがあるがほんとうだろうか。

 

目次

 

 

午未天中とは

 

一族の゛末代運゛を司る宿命をもっているとされており、家族と断絶したり、住み慣れた土地を離れる傾向が強いとされる。

 

末代運という響きはなんとなくかっこいい。

 

その響きの意味するところは、一族のおわりを意味するのではなく、一族の辿る流れが変化するということだ。

 

もっと平たく説明すると、午未天中をもつ人の代で、それまでの一族がつくりあげてきた精神的、カルマ的歴史が一旦おわり、一族の新しい出発にむけて、午未天中がさいごのまとめ役を託されるのだ。

 

さきほど説明したように、午未天中は天上、中央、東西南北にある座標のうちの南が欠けており、じぶんの親には恵まれるものの、「子供運」、「目下運」がないとされる。

 

子供運がないというのは、子供が生まれないというのではなく、子供との縁が薄くなる傾向に向かうそうだ。

 

その理由は理にかなっており、午未天中が末代運なのだから、その子供が一代目になるわけだから、親と疎遠になることで、新しい運気をつくりあげるのだから仕方ない。

 

目下運、これは年下との縁であり、会社や、学校などでの年下との関わりがうまくいかないというもので、ただし「子供運」と平行して、すべてがいわれの通りではないという意見もある。

 

午未天中でも子供運や、目下運に恵まれる場合もあるが、その場合は、運勢の他の部分に歪みが生まれるとされるようだ。

 

なんだか、悲しいはなしである。

 

人によってはかなり酷な内容だ。

 

だけど少し考えていただきたい。

 

これまで、大工をやっていた親のあとをつがず、レストランの経営をして、独自で成功させたという場合、一度、その流れを変えねばならなかったのだから、割りきってとらえてみることが必要なのだ。

 

必要な途切れであると。

 

そして、午未天中の子供は、親との葛藤を抱き、反発しながらも、しっかり者として、一代目の道を自力で切り開いていく宿命がある。

 

人間は、自身がもつ天中とは異なる方角に向かう本能があり、午未ならば、目下運、部下運が充実した北の座標を目指す。

 

南の座標には、うえの事情に加えて「精神のよりどころ」も欠けている。

 

午未天中は頭脳明晰で、カリスマ的性質を持つ人、イチロー選手や美輪明宏さんなど、一方で「孤独」を抱えやすいため、「知的バイタリティー」でそこをカバーする傾向が強い。

 

[午未天中有名人]

http://sanmeigaku.info/index2.php?tenchu2

 

午未の感性は、浮世離れしており、どちらかというと、非世俗的であるがゆえに、こころに孤独を宿すのだ。

 

これは仮説だが、その「孤独」な部分が、一種の機動力となるため、午未天中の人は芸術や、スピリチュアルなど、俗世的ではない分野で活躍が期待できる。

 

ここまでが、一般的にいわれている午未天中の特徴であるが、真実はどうだろう。

 

 

午未天中の真実

 

結婚8年、現在子供はいない。

 

34歳のとき、地元を離れ、北海道へ向かったのは、妻の出身地が北海道だったからだ。

 

親とは距離がうまれ、北の大地で、気持ち新たに生活していることから、確かに当たっているなと実感する。

 

目下運も確かにないように感じるが、嫌われてしまうというほどではないようだ。

 

大きくハズレている部分は、午未天中は幼少期に、親の恩恵をうけるとされているが、ボクの場合そんなことはなかった。

 

だけどやはり、当たっている部分の真実から、運命学のすごさを実感する。

 

なんといっても、こころに「抱えた孤独」この部分の表現にピッタリな心境をいつも抱えていた。

 

精神的救いを求めるときは、瞑想をし、己のこころと、個性と向かいあった。

 

ボクは四柱推命の日柱に『絶』が入っており、゛0地点゛という個性を発見した。

 

0は、どこまでも0だが、有になる性質を宿しており、現存する価値観ではなく、価値観そのものを生み出すことにこそ、興味を示せるのだとしったのだ。

 

物質世界に目をむけて生活するだけでは、寂しさが押し寄せてくる。

 

ただし、幸いにそれを理解してくれる妻という存在がいて、感謝してもしきれない。

 

子供のことは考えるけども、あらゆる出会いは運命だと感じている。

 

 

おわりに

 

末代運を司る午未天中の真実は、実体験を伴って、おおむね正解していることを実感する。

 

 

だけど、うえで書いたとおり、決して子供との縁がないわけではないし、うまくいくケースも存在するのだから悲観しないでほしい。

 

また、午未天中は、海外へいくと運気があがる傾向があるのも特徴であるから、物事の成功をのぞむ場合、日本から外へでることでさまざまなことが改善され、好転するようだ。

 

すべての天中にいえることは、それらの空ぼうした部分を補うための、要素が運命には組み込まれているということでもあるのだから。