てくてくちとせ

四柱推命について書いていきます

仕事ができない人は存在しない/落ち込んだ時に押さえておきたい事


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極端な書き出しで申し訳ないが、仕事を通じたひとびとの交流には、成功か失敗か、ミスかノーミスかというような二極化した考え方が存在し、ゲームでいえばボクたちは毎日かなりの無理ゲーを求められているといえる。

 

なぜ冒頭でこのような事を書くかといえば、一旦こころをフリーにしら日常の緊張をほぐして貰ってこの記事を読んでいただきたいからという理由だ。

 

こんにちは、相変わらずの「である口調」のちとせで®️どうぞよろしく。

 

まず、単刀直入にいうと、人間はミスをする。

 

心理的要因や、環境要因などの要素でおなじミスだって連発する。

 

仕事ができないことは、人間としての本質には一切関わらないことであり、失敗したからといって、その人物の価値はなにも変わらない。

 

持論だけれど、人間としての本分は、能力ではなく人間性だと、あなたは自信をもってよい。

 

「仕事ができない人」という括りは、一種の優劣意識により、浮き上がる人物像であり、それを観察した人物の心象で、実際には、「仕事ができない要因」が存在するといういい方のほうが、地球にも優しい。

 

マルチタスクが苦手でも、一つのことに集中するのが得意な人もいれば、プレッシャーに弱いが、励まされると頑張れる人もいる。

 

コミュニケーションが苦手な人も、黙々作業が好きな人も、高等な専門分野がない人だって、その人にできることと、道が存在するので、現状に悩んでいる方は安心して、読み進めてほしい。

 

この記事が「じぶんは仕事ができない」と感じるすべてのひとびとの役にたてることを願って、書き進めていく。

 

 

 

仕事ができないとは?

 

仕事ができないと指摘されても、仕事ができないという状況がイマイチわからないという場合は、おそらく下記のボクの体験談が参考になるのではないだろうか。

 

ボクがニ十代のころ、清掃業の会社に入社したものの、じぶんの仕事に漠然と足りないものを考えていたおり、一緒に仕事をしていた気難しい先輩が、仕事のあいまに例え話をしてくれた。

 

それはお祭りを例えにした話で、

 

「君は仕事がどういうものかわかってないね」

「゛神輿゛はさあみんなで支えるんだけど、一人が力を抜くと、ほかのみんなに負担がくるよね?だから、それぞれが考えながら仕事をするんだよ」

 

グループホームなど施設での清掃作業のため、仕事中は社員どうし、私語ができないし、わからないことが聞けない。

 

また、清掃の仕事は、ものを移動させるため、それらの位置を把握する必要があるが、ボクはそれらが不得手であった。

 

世間一般でいう仕事の観念でいえば、仕事ができないといわれる場合は、おそらく神輿の例えが当てはまるだろう。

 

このように「わからないことはきいてください」というのがまったくあてはまらない職場もあるのが、現状であり、会社の規模が小さい場合などは、新卒で入社しても、基本的な研修などがないこともあるだろう。

 

少なくともうえの例えでいえば、一生懸命だけど、だれかの指示を仰ぎ一個一個の仕事をこなしているだけでは、仕事をこなすとならず、能動的に動いて、状況を作れてこそ仕事という認識といえそうだ。

 

作業をする=目の前のことをする、終わらせる

 

仕事をする=状況に合わせて動く、状況を作りあげていく

 

つまり、仕事には流れが存在し、流れに合わせて動かねばならないらしい。

 

こう書くと、なかなかハードルたけえなと我ながらおもってしまう。

 

状況に合わせて?状況をつくる?まあまあ、かみくだいて少しづつみていこう。

 

 

 

仕事の流れとは?

 

あなたは、仕事の一個一個の作業の仕方を説明された方がよいだろうか?

 

それとも一連の流れを知りたいだろうか?

 

そんな辺りも、仕事ができる状況、できない状況がでてくる部分なので意識してみてほしいのだ。

 

例えば、仕事の作業を一個づつ教わりながら、全体像をしらぬまま仕事を進め、意外な方角から怒られるなんて経験はないだろうか?

 

多分多くの人は、仕事の開始から終了までを意識したほうが、仕事がしやすいし、主体的にもなれる。

 

状況をつくるとは、簡単にいえば、仕事の開始~終了までの工程を、自主的につくっていくということ。

 

状況に合わせるとは、必要な工程に合わせて動くということ。

 

掃除するためには、まず邪魔なものを移動させねば、掃除機がかけられないので、この場合だと、まずは、ものを移動させるという工程がまず最初。

 

それに合わせるとは、1ものを移動させる2掃除機をかける、これをじぶんで考えて行うということだろう。

 

 

仕事ができない要因

 

仕事ができない人がいないと書いたように、仕事ができない要因こそが存在する。

 

こんかいの記事は、この辺りに少しちからを入れて書いてみたい。

 

おそらく一番大きいのは心理的要因だろう。

 

現状の仕事にやる気がないのなら、仕事を変えればいいし、適職でないと感じる場合も、人の数だけ解決策がある。

<適職診断>

https://careerindex.jp/aptitude_assessment

 

それらにくらべて心理的要因は、他の第三者にはみえずらいので、やっかいだ。

 

わからないことがあるけど怒られるから聞きたいことが聞けずに、仕事を進行して怒られるというケースは、それでも聞かなければならないという人もいるだろうが、聞けないような状況をつくらないことが大切だ。

 

仕事といっても他人同士がながい時間一緒にいるのだから、お互いに心地よい環境をつくるのはマナーだろう。

 

人は基本的に集団のなかで承認されたい欲求があるので、誰だってじぶんを活かしたいはずだ。

 

仕事ができない状況には、その人を機能させない原因が必ずあるといってよい。

 

それはなにも、あまりよくない社風の会社に限らず、優良企業にだって存在する。

 

うつになってしまって、家族のために、それでも頑張っているとか、周囲とのコミュニケーション、または、上司の仕事の完成度の見方も関係してくる。

 

上司の考え方が毎日100%の仕事を求めるスタイルだと、一つのミスで、それまでの功績もなかったかのように扱われる場合もあるだろう。

 

そんな職場では人が燃え付き症候群になってしまい、またミスをして、指摘され、気持ちがなえていくスパイラルが生まれる。

 

そういった辺りに、冒頭であげたように、能力で人の価値は決まらないというボクの信念が生まれた部分にある。

 

考えてみてほしい。

 

人が集まれば、一人でできないことが、マルチで可能になる反面、また仕事に対する姿勢が人それぞれ違っているという認識が不可欠で、10人が10通りのおなじことができる集大成が仕事とすればかなりの無理ゲーだろう。

 

人は完璧、つまり、仕事がスムーズに回ってとうぜんという考えをもちやすいけど、そのふつうの考えは、ややすれば、完璧主義的になるのではないだろうか。

 

実際に人が集まった場合、一人一人の力を出しあって、でた結果が、全体の8割型うまくいっていれば、上出来といえるのだ。

 

話は脱線したけれど、もし、じぶんが仕事ができないと感じる、もしくはいわれる場合は、これまで書いてきた内容を少し参考にしてもらいたい。

 

結論として、仕事ができない人は存在せず、仕事ができない要因をとりのぞけば、仕事がまわるのだ。

 

緊張しやすい人がリラックスでき、苦手意識が強い人がそれを意識せず、わからないことがあって、それをきいても怒られない、状況が整えばよいのである。

 

 

 

まとめ

 

一つの結論として、仕事ができるできないというのは、観念と通念であり、絶対論は存在しない。

 

現状、仕事というコミュニケーションツールでは、上記のような状態が一般的であるので、一般的な内容に構成してみた。

 

現在は、記事内であげた心理的要因により、窮屈を感じることも多く、こんご、仕事というものが、哲学されて、そのあり方を変えていくかもしれない。

 

完璧主義というのは、思考の行き止まりである。

 

ものごとは小さな因果関係が集まって成り立つので、仕事をテトリスのように考えてはいけない。

 

仕事ができる、できないというのは、人間の一能力の側面であり、その人のすべてではないので、仕事で落ち込んでも、あなたはあなたであることに変わりはない。

 

きょうも、あすも、みなが健やかであられることを願いつつ、本日はこのあたりで終わらせていただく。</p