てくてくちとせ

四柱推命について書いていきます

身弱で何が悪い!?身弱の有意義な生き方


f:id:tarookadato:20190716215615j:image

四柱推命の本をみても、身弱よりも身旺のほうがよいという風潮はやはりあるなと感じる。だけどこんかい書きたいのは、そんな風潮にストッぴ!という内容だ。身旺には身旺の生き方があるように、身弱には身弱を生かした生き方が存在するのだ。

 

 

 

身旺と身弱

 

身旺ときくと、真っ先にドラゴンボールZのスカウターを連想するのはぼくだけだろうか?「私の戦闘力は53万です」なんて、フリーザが個人的強さを誇示するかのように、身旺の生命力は単体でつよい。それは間違いない。

 

身旺はフリーザであり、範馬勇次郎であり、呂布だ。単体で無類のつよさをほこるのだが、弱点は周囲との調和とは無縁であるということ。

 

身弱はその逆、身旺が単独型だとすると身弱は周囲との調和型だ。

 

この記事にたどりついた方にいまさら説明するまでもないかもしれないが、身弱は運勢の現れ方がちいさく浮き沈みの少ない傾向で、身旺は運勢の現れ方が大きく波乱万丈になりやすい。その中間に位置するのを身中という。

 

身旺は独自で人生を切り開いていく性質で、破天荒なストーリーが出来上がりやすい。それは身旺のタフさがあってこそ可能な人生ミッションゆえに身旺に与えられたといえる。

 

身弱にも身弱だからこそ与えられたミッションがある。身弱の調和型の性質とは、周囲と歩調を合わせて、みんなで一緒にゴールを目指そうとするものである。

 

身旺にはその調和型という感覚がいまいちピンとこない。集団のなかで気の利いた感性をもって活躍するのは身弱でなければ難しいといえるだろう。

 

身旺が将軍だとすると身弱は軍師だろう。ゆえにどちらがよくて、どちらがよくないとはいえないのである。存在するのは性質の違いだけだ。

 

身弱はからだが弱い?

 

身弱という響きから、繊細そうな感じをうけるが、身弱だからからだが弱いということはない。いたって健康なひともいる。

 

将軍がからだがつよくて、軍師がからだが弱いとはいえまい。

 

ただし、憚りながら、あくまで個人的意見としてとどめたいが、持ち前の精神的、エネルギー的パフォーマンスを発揮するためには、それなりにつよい肉体が必要である。

 

極身旺のぼくからみて、身弱よりも、身旺のほうが比較的からだも丈夫な印象がある。それは気の充実という意味においてであるが、身旺はからだがつよいといえるだろう。

 

 

身弱の有意義な生き方

 

実は映画監督であり、世界のキタノと呼ばれる北野武さんも「身弱」のひとである。驚きだろう。テレビから伝わるはにもの着せぬ言動、つよい個性からは想像できない。

 

かたや゛たけし軍団゛をつくったり、テレビ業界という枠組だけでなく、漫才界の大御所として、若い漫才師の方々とも関わりをもつなど、やはり周囲との繋がりを大切にしている。

 

身弱の長所はさまざまな環境に適応、調和できる部分だ。身旺の適応力はすごくありそうだが、実際は我がつよく、活躍する場所をすごく選ぶ。そういった意味で身弱のひとのほうがある意味辛抱強く、世渡りがうまいという表現がありだろう。

 

家族、同僚や上司など、家庭や職場で関わるひとびととの絆を意識し、積極的にコミュニケーションをとることで、存在が認められていく。

 

かりに周囲からの引き立てがあった場合は、じぶん自身のちからを謳うよりも、周囲を巻き込みながら、じぶんの立場を固めていくことが向く。周囲を味方につけて、じぶんの望みを叶えていくことこそ、身弱の有意義な生き方だろう。

 

身弱は運勢の波がダイレクトにやってくることがすくないため、なにかの職につくと、長続きができるのも特徴だ。ルーティンワークをこなしたりと、あまりひびの環境が変わりすぎない方向を選択するといい。なにかのスキルを身につけた場合などは、それを一生のものとして発揮していくのも身弱ならではである。

 

また、内格か、従格かでも、身弱の性格が変わってくるため、生き方の選択肢が異なってくる。内格の場合は内にひきこもりやすく、従格の場合は弱みが吉となる。従格は、極端に身弱の場合で、自身を周囲の環境に委ねることでちからを発揮するという特徴なケースだ。しかし、それは身弱の性質を存分に生かす道といえる。

 

それだけしると、身弱のなにが不利なのか?とおもえてくるだろう。

 

  身弱でなにが悪い

 

身旺と身弱は生き方の違いだけで、身弱だから、大成しないなんてことはそもそもない。単体での強さが、集団での調和を乱すとすれば、それは強さといえるか?逆に集団での調和を重んじすぎ、個としての活動力がおちることもしかり。

 

世の中、身旺だからできることがあり、身弱だからできることがある。 それが社会活動のなかにうまく組み込まれている。適材適所な配置でひとびとはきょうも一日を暮らしている。身弱でなにが悪い!否!なにも悪くない。

 

 

おわりに

 

身旺、身弱で肝心なことは、それぞれの運勢傾向をしっておくということだけである。どのように発展していくかを自身で理解していれば、持ち前の個々の才能や魅力が輝く暮らしを送れるはずだ。