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四柱推命ー苦労する命式について解説/回避方法も記載


苦労は買ってでもせよという言葉があるが、私はピンとこない。苦労らしきものは経験しているはずだが、それを苦労したと脳ミソで変換したことがないからだ。だが、言葉が伝えたいニュアンスはわかる。若い頃は確かに自らに負荷をかける環境に身を置くと、歳を重ねてから生きやすくなる。「あんな環境でも生きてきたものなあ」となる。今回は命式的に苦労というものに触れたいと思う。

 

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■:苦労する命式

 

今回記載する内容はかなりレアかもしれない。

 

能動的な苦労は楽しいが、状況や環境を選べない苦労は辛い。例えば、自身がスポーツや仕事に生き甲斐を見いだし、どんどんキツイ方向に追い込んでゆくといった苦労は良い苦労だと思う。仕事は辛いが自分と愛する家族のために頑張ろう、こういった能動的な苦労というのは、社会のなかで人間力を育てることになる。生きるエネルギーになる。

 

一方で気づけば家に親の借金があって、何とか返さなきゃならない。子供がグレて毎度毎度とんでもないことをする。振り返ったとき、あの頃は大変だったねといいながら経験を糧とする人もいるが、事態の最中にいる人にとっては非常に辛い。早くこの状態が終わってくれないかなというのが人間のさがである。

 

印星が過多という命式は結構ある。色々とお話を聞いてみると、どうも人生が四苦八苦で、頑張っても頑張っても実りに繋がらないと聞くことがある。で、大運と一緒に考察した場合、大変だという時期には印星が巡っていたりする。例えば、日主が金の五行で、印星が少々過多でも、印星が巡る時期は悪くなかったりする。これは干関係的なものだ。金は水に洗われて綺麗になる。

 

だが一方で、日主が冬生まれで木の五行、印星過多の命式に、大運で印星が巡れば、運勢が停滞することがある。とても可哀想なことだけど、努力や頑張りがどうも成果に繋がらないといったことがおきうる。印星がめぐる時期、それが負の作用を持っている場合は、ちょっと嫌な苦労だったりする。この辺りが四柱推命を勉強していて、頭を捻るロジカルかもしれない。

 

四柱推命の秘密」という、数少ない季節の調候について書かれた良書がある。例えば、春に生まれた甲は、水を必要とするとか、夏に生まれた丙は勢いがつよいといった感じのことが書かれている。

 

命式の吉凶以上に、命式の調候が大切だ。

 

例えば夏生まれの日主庚で、命式が火ばかりに囲まれていたら、例え従さつ格であってめ、吉星の官星が巡れば運が下がることになる。苦労を重ねてしまう命式というなかに、吉星と調候のバランスが崩れているものが多い。忌神であれば、対象しようがあるが、吉星だと信じていたものが実は忌だったとなると辛いものがある。

 

調候作用が悪く働いていると、健康面での不利によって苦労がある、思うように前に進まない、運勢全体が上昇しにくく苦労がある、といったことが起こりうる。そんな時、パワーストーン等を用いて、調候的に悪く働く五行のエネルギーを中和するとよいかもしれない。

 

ご本人があがいているにも関わらずなかなか、物事が前に進まないという状態はとても辛いものだ。

 

 

■:苦労するが打ち勝つ命式

 

苦労はあるが、それに打ち勝つ命式もある。免疫機能みたいな五行で、それが存在することにより不運を回避できるといった命式も存在している。例えば夏生まれの日主庚で、火が多すぎたときにそれを洩らす土の五行がある、丑や辰があると火力を調節してよいことになる。

 

薬となる用神と考えることができる。

 

官星の剋が強い場合、日主が強いというのも一つの免疫力だ。病気が進行したときご本人が弱ければやられてしまうが、ご本人の免疫力がつよければ打ち勝つことができるという理屈だ。実は天干がきれいに並び過ぎている命式と比べて、困難に直面する命式のほうが、タフだったりする。

 

もし、不利となる調候や五行を回避する五行がない命式では、巡る運気の力を借りるといったことが大切といえる。また先ほどのパワーストーンの例もそうだか、グッズを使ってご自身のエネルギー調節をすると苦労ばかりという状態にアプローチをかけることができるだろう。

 

思えば、大人になり自身が目標を持ってどんどん行動していた時期は苦労と感じたことはなかったが、幼少時期に保育園へ通わなければならないほうが遥かに辛かった。自分で環境を選べない、何かに抑圧されているということの方が人間きついのかもしれない。人生の最後は笑っていてえな、ずっとそのように思ってきた。

 

 

■:終わりに

 

私は自分の口から、苦労したといっちゃうと、何か環境や状況的な他責な感覚を覚えそうで使いたくない。本気で追い込まれると抵抗できないかもしれないが、空元気でも余裕をこくふりをしていたい。笑っていたい。辛いときはずっと先の未来を思い描くより、ばんじさいようがうまという事で、今日、明日を考えることが大切かもしれない。

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