受容の繭

こころ軽やかに生きる内容を記していきたいとおもいます。

県民気質はそれぞれ全く違う:相手を理解してすれ違いを減らす

 

 

 他県を渡り歩き、じぶんのそれまでの習慣を考え治したことがいっぱいあります。

 

これまでの移住経験や仕事の都合で、あちこちの県へいくと、やはり県民の違いを感じます。戸惑ったり、時にはありえないと感じることもありました。また、逆に離れてから地元の良さを理解できたり、反対に他県の良さに触れたこともあります。じぶんの生まれ育った地元を軸にはなしを書いていきたいとおもいます。


f:id:tarookadato:20190207033147j:image

ぼくの生まれ育った高知県はかなりフランクな県で、いま振り返っても"人が優しい"と感じます。困っていると、結構見ず知らずの人が助けてくれます。割りと他人に興味を抱きます。裏表があまりなく一本気、だれかのためにこころをくだく人が多いです。相談事をすれば、かなり本気で聞いてくれます。相手の本気度合いに対して、表面上ではなく、本気で答えようとする熱さがあります。その代わり県外から移住された方からはよく、距離感が近すぎるといわれます。高知県は[高知家]といわれるよう、赤の他人であっても家族のような、明けっぴろげなコミュニケーションを得意とします。

 

確かに一度地元を離れて、違う場所の距離感に慣れると、上記のことは一理あると感じます。日本はもともとが村社会ですから、その土地の背景が個人にも現れているといえます。高知県は周囲が山で囲まれているため、周囲が協力して、生活をすることに慣れています。とても協力的です。ただし、個人としての生活スタイルが確立されている場所もあります。あまり他人に干渉せず、お互いに気持ちのよい付き合いができる距離を保つことを大切にする感じの…。

 

どちらがどうとはいえませんし、その土地の背景を考えると納得できることも多いですから。

 

  異なる環境にいる者どうしが距離感を縮めるというのは、違いを理解し合うことだとおもいます。相手に距離感そのものを合わせるんじゃなくって、お互いの背景を想像しつつ、尊重し合うことだとおもいます。あくまでぼくはぼくでしかないわけで…。ぼくはそのことをおもって、ここ数年、人と仲良くなるために時間をかけることにしています。いろいろな県をまたぎ、それぞれの距離感に触れてきました。そのうえで、その場所独自の文化に、これまでのじぶんのアタリマエを挟んでは進展がないと感じたからです。そうこうするうちに、過去に通過した県の経験を引き出しからだして、次の県でもその経験を馴染ませながら、コミュニケーションをとるようになりました。袖と袖をすり合わせるなか、創造しながら生きる幅が以前より遥かに広がった気がして、たくさんの出来事に感謝しています。

 

 

ぼくは通用しないという感覚を覚えるたびに、その環境に育てられた気がします。確かに地元の熱い部分は、かけがえのないものだけど、個人としてあまり干渉を受けたくない人にとっては一長一短なんですね。以前人との距離感がすごく遠いなと感じた時期がありまして、気持ちを整理していました。淡々と日常生活を送っていました。淡々と仕事をすませ、私情を押し込めて淡々と人付き合いをこなしました。当時、嫌なことも重なって、地元にいたときのような喜怒哀楽を感じられなくなっていたんです。トラックの運転で、いろいろな場所へいく度に、人と人の距離感を意識したものです。この二つの事情は、過去を振り返り、少しワイドな視野でみるといろいろな出来事がまとまりました。

 

転勤や大学などで、地元を離れた人がホームシックになるという部分には凄く共感したうえで、無理をしないでほしいとおもいます。じぶんはじぶんでしかないからです。そのうえで、やはり寂しいという気持ちには共感できそうです。ぼくは一度じぶん以外の誰かを目指して失敗しました。本来のじぶんでありながら、折り合いをつけることが大切だといまは理解しています。

 

  相手に深く関わるのも思いやりですが、そっとしといてあげようというのも思いやりですね。じぶんはどちらの性質だろう?つまりじぶんらしく自然と行える選択でいいんです。思考のコツは、努力の末に合わないのなら合わないでいいと割りきることです。じぶんに正直になり、選択を明確にしていくと、

 

あ!人間どうし、こうやって違いがうまれて、距離ができてくるのかあ

とわかってきました。

地元では少し無理をしていたじぶんがいました。熱いのが好きだと感じていたじぶんがその実、

あっさりした人間関係が楽だ

と30歳をこえて気づいたのです。

(熱い人間関係はもちろん好きなんですが)

近い人間関係がだんだんと、いい意味でアバウトになってきました。人間いろいろな違いのあるのだから、常に、無理をしてまで、誰かのために行動することを控えました。地元を離れ、地元の環境に助けられて生きてきたことを実感しています。そうだからこそ、現在のように、まずはじぶん自身の気持ちを大切にすることが習慣になりました。とはいえぼくはやはり地元高知県が、大好きですからときどき帰省したくなります。これまで接触を持った場所を通りながら、懐かしさに浸りながらいずれはお金をためて帰省したいと考えています。