受容の繭

こころ軽やかに生きる内容を記していきたいとおもいます。

夫婦で仲良く過ごすコツー妻のおやつは妻のもの

 



タイトルの答えはズバリ、しぶんの時間をなるべく多く相手に向けることだと感じます。いそがしいときでも、相手と共に生活していることわ忘れないようにしています。結婚して7年間ずっと妻が好きです。その好きも年々変化してきて、人間としての情が深まってきました。

 

夫婦の付き合いも人付き合いですから、礼儀も必要です。尊重といってもじぶんを立ててもらおうとは考えません。立ててもらうのは、公共的に必要な場合でいいです。そのときはこちらも相手を立てます。ぼくが考える尊重は、相手の人格を考慮した言動をとることです。意見を求められたら、相手の立場で考えて答えるなどです。(もちろん個人的な意見なら率直に答えます)

 

親しみを持続するには、ある意味、相手も他人だというクールな割りきりが必要だと感じます。仕事にかまけず、じぶんを律して、相手との関係を考えますと、やはり大切にしたいとおもえるんです。じぶん勝手に振る舞うことも多々ありますが…。相手に人間としての情や尊重を失わずにいれば、自然と関係はうまくいくはずです。

 

ぼくがひごろから一番意識しているのは、相手の言動をジャッジしないことです。悪いとか良いとかで判断せず、なぜ?と考えます。これは仕事でもそうです。そういう思考回路を養うようにしています。掃除忘れてたと相手がいえば、ジャッジせずに、じゃあぼくがやるよでいいとおもっています。ジャッジは価値観の押し付けです。ぼくは仕事ができない人がいても、誰かがミスをしても

 

生きてりゃそんなこともある

と考えます。相手の言動を怒りまくるのは、相手に非があるというよりは、心がまえの問題です。誰かと一緒に過ごすのだから、最低限のリスペクトは必要です。じぶんの価値観を全面にだすより、相手がどんな人間か冷静に観察して、調和をはかるほうが精神的にも健康的です。

 

 

次は会話についてです。夫婦であっても、なるべく私的な話を優先させたり、自慢話をしたりしないようにしています。相手との共通の話題を選びます。些細な話が思い出に残っています。振り返るとじぶんが熱弁したことはあまり覚えてません。あのとき◯◯へいったよね~って話をよく覚えています。夫婦の会話は心情の共有です。お互いへの共感は会話を楽しいものにします。

 

あと、よく、一緒に出かけます。ぼくは今でも出不精ですが、昔はもっと出不精でした。が、アウトドアな妻に連れだって外へいくことで、外慣れしてきました。どこかへ一緒に出かけたことは思い出の引き出しに収まっていて、振り返るとノスタルジーが溢れてきます。この場合も、時間を共有する大切さがわかります。こうやって書いてきてみて、関係を大切にするといっても、特別なことはなにもしてないですね。特別なことは必要ないんじゃないでしょうか。

 

あとはマナーは意識しています。相手のスマホはみない、触らない、相手のおやつを食べないなどです。相手の所有物は相手のものだという認識です。昔は勝手に妻のおやつを食べてましたが、いまは結果的に改めてます。相手のスマホを勝手にみるというような行為は不信感のあらわれで、じぶんが安心したい気持ちが勝っています。相手を一人の人間としてみて、相手の自由意思に沿った言動にまかせます。


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ぼく自身が行動に制限をかけられるのがすきではないので、心にゆとりのある感じで過ごしたいんです。

 

時々妻がいないことを想像すると辛くなります。昔はすごく孤独でした。友人も少なかったです。家族はいるけれど、気持ちの共有ができませんでした。結婚してから、やっと、誰かとなにかを共有する大切さを知りました。人は一人きりでは、何かを感じることができないんだと痛快します。一人きりで感じていることは、あくまで、想像の域をでない感性だなとおもうんです。ぼくにとって妻は、妻であり、時に友人であり、時に母であり、時に娘でもあります。たくさんの側面が年月を経て、情の深まりと繋がっています。

 

そして、これまで、県をまたぎ生活してきました。引っ越しを重ね、新たな土地に二人で馴染み、いろんなことを乗り越えたことが素晴らしい思い出です。だから、自慢話なんかしなくても、あのときこうだったよねって、過去を振り返ると、いまに繋がる努力の痕跡がみえて、嬉しくなります。じぶん一人ではとても無理なことが、周囲に生かされ、環境の波に鍛えられ、カドがとれて丸くなる。そんな思い出に二人で触れる時間はとても充実します。

 

周囲の環境が変化するなか、二人が年数をかけて一緒にいることは貴重なことです。

 

まとめますと、夫婦の幸福に特別なことは必要ありません。 表面上のことも特別必要なわけではありません。感情や価値観を共有することが大切です。そういう意味では二人でいることはじぶんを見つめる修行ともいえます。結婚式で誓ったこと、健やかなるときも……やはり、愛の実践には試練が与えられ、利己に抗うよう組み込まれている気がしてなりません。