てくてくちとせ

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カリスマ性のある人の3つの特徴/リーダーのあるべき姿


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あなたがおもうカリスマは誰?

 

スティーブ・ジョブズ孫正義

 

カリスマと呼ばれるいじょう、ふつう一般とは、どこか異なる人物だろうけど、 ふつう一般の人に゛なんらかの普遍性゛をうったえかける人物だろう。

 

子供のころを振り返ると、大人びた同学年の子が、思春期までの「師」であったり、父親が絶対であったりと、リスペクトの存在が決定していた。

 

進学や就職を通じて各々がまったくちがう人間に成長し、人生の分岐点にわけいった辺りで、価値観や、知恵の扱いも、尊敬する存在も変わってくる。

 

誰もが、一度はじぶんの理想とする大人像を考え、明確化したはずだ。

 

ボクはその方と仕事を通じて出会った。

 

彼には第3の目が存在するのではないかとおもえるほどの、俯瞰したものの見方、仕事における特筆すべき着眼点が存在した。

 

一般的にも、仕事の統率力というものは、大切だろうが、彼の元で仕事をしているあいだは、まったく異なる世界を見学させてもらいながら、引っ張ってもらったものだ。

 

賛否両論があるだろうが、こんかいは、そんなカリスマの特徴をあげてみたい。

 

 

 

 

愛が深い

 

1日の仕事の時間が8時間としても、人間は人生の3/1を仕事にささげているわけで、この時間を眠るために使いたいと毎日のようにおもう。

 

仕事上で承認欲求を満たすため、ある人は能力でじぶんを誇示し、ある人は団結することで存在をアピールする。

<承認欲求>

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%89%BF%E8%AA%8D%E6%AC%B2%E6%B1%82

 

彼は誰も巻き込まなくとも、存在意義を信じている人だった。

 

ゆえに、あらゆるものにとらわれない、中庸の立場からの観察力に優れていた。

 

彼の価値観では、゛人の尊厳゛が最も大切で、仕事の能力や、その他の規範は二の次であった。

 

機械が行き交うなかで、ある従業員の人がメガネを落とし「メガネを落としました。メガネは100均だからいいですが、機械に巻き込んでしまうと大変です」

 

と報告すると

 

「◯◯さん(機械の操縦士)に機械をとめてもらえ」

といい、ぜんぶの作業をストップさせ、メガネの散策にでようとしたほどだ。

 

あらゆる場面で、彼のそういった価値観は表れ、周囲に、信頼で繋がる自然な団結力を生んでいった。

 

1日の3/1の時間をどんな人と過ごすのかは、人生でとても大切だと感じた。

 

彼は、ふだん定時より一時間はやく帰してくれ、それでいて、一時間分はきちんと給料に反映される。

 

「仕事ばっかりやってると、人生すぐにすぎるよ」

 

というのが彼の口癖だった。

 

 

 

所作が美しい

 

彼は責任者でありながら、会社のトイレ掃除をじぶんが行い、また、ごみだし、備品整理もすべて一人で行っていた。

 

自然と周囲がかけつけ、いろいろと協力し、自然と会社内は汚れが目立たなくなる。

 

そんななか印象に深いエピソードが一つ。

 

会社は、彼の所有地にあり、所有地には、彼の家もあって家族も住んでいた。

 

仕事のことで彼の家の呼び鈴を鳴らす者もいたけど、大概は、そんな無粋なことはできないので、休憩所で待機し、彼が現れるのをまった。

 

休憩所は、彼の家と隣接しており、退出時タイムカードを押すのに立ち寄るため、個人的なものを抜きにして、彼ふくめ全員の共有スペースだった。

 

入社2ヶ月目、訳あって一人出社となったある日、誰もいない施設に入ったボクはやはり、家の呼び鈴を鳴らさず、代わりに、休憩所のドアに外から「◯◯にてきのうの仕事の続きをしてきます」

 

張り紙をして、でかけ、夕方休憩所に戻ると、休憩所のまえに彼が立っていた。

 

休憩所のドアは開き扉になっており、彼が片手でドアを開き、もう片方の手で、ボクになかへ入るよう催促した。

 

彼がドアを開け放っているから、張り紙が破られたかどうかは確認できない。

 

彼は「礼儀」に対して「礼儀」で返してくれたのである。

 

会社の道具などに関してもそうだけど、人に対しての立ち振舞いが、美しい。

 

彼の所作のそれは、日常、何気ない場所で確認でき、なんてスマートなんだろうと感じたものだった。

 

 

 

俯瞰力

 

ある日業者の方が、彼に対して理不尽な文句をいい、怒鳴った際、責任者である彼は「◯◯さん(業者)お互いにきもちのよい付き合い方をしましょうよ」とこともなげに対応していた。

 

感情的にならないわけではないが、感情に流された行動をしない人で、それは、じぶんの従業員含めて、すべての人間付き合いに共通している。

 

心の中でどうおもっているかは別として、表面上で、うまくいくことは重要であると感じさせられる。

 

相手の間違いを、気づかせる部分でも直接的な指摘をしない。

 

ある日、プライドが高い完璧主義の先輩が、間違った品物を資材として購入した際、ほかの人々が「この道具は作業に適してないんじゃないか?返品させよう」

といった。

 

一年間通じて使う資材ゆえに出発は肝心なのだ。

 

彼はいった

「あいつが買ってきたからこれでやる」

 

そのことばからは、損を被っても、ほんとの意味で部下を育てたい気持ちが表れている。

 

彼の俯瞰力は、観察力のたまものだ。

 

偏見や私欲や感情をこえて、働いており、人を活かし、人の個性を活かしきる人だった。

 

 

 

 

まとめ

 

カリスマと呼べる人の根底には「深い愛」がある。

 

愛を根底に物事を観察し、俯瞰し、独自性に繋げていくのだろう。

 

有名人でも一発屋での煌めきは、カリスマ適切とはいわないように、カリスマは、みずから資質も関係するだろうが、環境を味方につける努力をしてきた人なのだろう。

 

幾つになっても、良いものは取り入れ、良くない事情を反面教師に自己研鑽を行ってきたのだとおもう。

 

経験と知識が重要な要素で、カリスマは、才能のみでは、生じず、努力の積み重ねなのだろうと感じるのだ。

 

自己摂生をし、自己研鑽を永続的に必要なものと考えているはずで、それが、一般的に影響を与えていく。

 

カリスマと呼ばれる人々のもつ゛普遍性゛に少しでも触れる機会があってよかったとおもう。