
エンパス体質というものをご存知だろうか。他者の感情や周囲のエネルギーを敏感に感じ取ってしまう人のことである。私自身が恐らくエンパスであるため、今回の話はかなり熱量が乗るし、興味の有無が分かれる内容になっている。それでもよければ、読んでいただきたい。命式と合わせてエンパス体質の話を書いていきたい。
(☆YouTubeチャンネル登録お願いいたします。「てくてくちとせの四柱推命学習ちゃんねる」☆)
▼四柱推命のファンタジー小説販売▼
www.sudechi.com
(面白いで。買ってや。にっこり)
■命式とエンパス体質
北海道ののどかな道を車が走る。農業大学に放牧された牛の数々。牛、牛、丑と頭のなかで、いつの間にか、先日考えていた十二支の丑の理法の続きに変換されていた。牛は胃が四つあり、蔵干を複数抱えた丑とよく似ている。群から離れて草を食べてる一頭の牛がいた。大分離れた場所で、モサモサ草を食べている姿をみて「友達いないのかな」とついこぼれた。
首輪がされてある。これ、肉になるのかと何ともいえない気持ちになったが、妻が乳牛だから違うよと言った。小学校の頃、けんぼうは一年生という絵本をみた。私にとってトラウマの絵本で、幼くして亡くなったけんぼうとご両親の様子に、学校で大泣きしていた。その横で、他の角度から作品をみて、冷静に分析する子もいた。笑ってる子もいた。感受性は、人それぞれ全然違うことを知った。
共感能力という言葉がある。他者の感情や考えを理解し、相手側に立って考える力のことだ。これは個人差があり、共感能力が高いとか、低いとか表現する。だが、かつての職場の仲間、友人のなかには、明らかに他者の感情や考えが流れ込んでくるという人もいると気づいた。周囲の異変に、
彼、彼女達は空気感が変わる。傷ついた人を見て、自分のことのように感じているのが伝わる。「感応能力」と呼べるかもしれない。
私のなかに人間は「衣食住満たされただけでは幸せにならない。現実に色を塗る力が必要だ」と、どっかのおいたんが、言ってたような確信がある。そして、お互いを縛らず、しかし、内側で深く繫がることができる人達は、往々にしてエンパス気質だった。そして、命式のなかに「空亡」を抱えていることが多い。
日主や食傷が空亡の場合は「虚」の世界観に通じやすい。神秘分野、占い方面とも縁が生まれやすい。私の場合は、子丑空亡で、情緒の要が空亡しているため、現実感覚が弱く、この資本主義バトルフィールドは息が詰まる。共感や理解がないと、あぷあぷした金魚みたいに窒息しそうになる。また、自分がそうだから、そうした感覚の人とご縁が生まれる。(日主が、辛、癸だと繊細気質によりやすいとの話があるが、これも一理はあると思う)
情緒は水と関係する。直感力や感じる力で、特に黒柳徹子さんの命式は水の配置が顕著だった。最初に物事を直感で掴むタイプの流れ。こうなると、最初に答え、後で理論という風になる。エンパス体質同士が出会うと、初見から明らかに出入りする情緒量が多い。お互い言語化していない領域の感情、価値観を一定共有しあえている。そうした人といると、心が安らぐ。
海外のシリアルキラーが描いた絵を見た瞬間「こいつには、殺意があったんだ」と感じたことがある。犯人は普段ピエロに扮装し、近隣の子どもたちに親しまれていたため、殺人ピエロと呼ばれる。見たのは本人が描いたピエロの自画像だが、風船の彩りが、濃く、片方の手の輪郭はハッキリ書かれている。服の色は淡いタッチ。手渡す、交流の窓口である手の輪郭に、意思の明確さをみ、淡い服に客観性をみた。つまり、明確な意思と、客観視ができる人物。
理論はこうして後に立つが、実際は最初に感覚で理解してしまう。私の場合、生育環境から危機察知から、人物像を初見で見抜こうとするセンサーが発達した。エンパス体質も人それぞれ生育環境が異なり、複数の感情モードを使いこなす人もいる。様々な感情様式を同時に持っているが、感受性が繊細すぎるために、統一した一個の自己でいると疲労が半端ない。そうした人は、私みたく、人物像を掴みにくるタイプは疲れるはずで、交流仲間が違ってくる。
他のエンパス体質の方々と話をしてみると、感じ方、捉え方が、非常によく似ている。中には、最初の感じ方が、身体から入ってくる人もいる。例えば、施術関係の方々のなかでもお聞きした。日主丁は、弱い火、陰火で、内側の感情と関係し、日主丁が空亡者のなかには、感情面で非常に繊細な方がいらっしゃる。
そもそも、これはかなり感覚の話だが、共感目的でない人は、情報の枝葉を伸ばしていない。最初、この雰囲気はどう読むのだ?と考えたが、そもそも読むための情報を身体から発していないだけだった。すると、掘り起こしてでてくるものも、内側で完結している感情、思考、習慣といった部分に終始している。
エンパス体質の友人が、情緒交流が弱い環境は酸素がないようだと話していた。まさにそうなのだ。繋がりそのものより、繋がりの質なのだ。
最近見た、寂しすぎてレズ風俗に行ったという漫画が印象的だった。主人公は無償で自分を認められる場を探しているように見えた。職場にもそれを求めて上手くいかなくなる。摂食障害や生き辛さを抱え、両親とも意思疎通がうまくいかない。考えてみれば「社会的役割り」を外して対人関係を作れる場はほとんどないんだよね。
私は人間には、社会的役割りを外して付き合える空間や時間が大事だと考えている。整骨院や美容室などは、個人的には、人に会いに行ってるついでに施術していただいたり、カットしていただいている感覚。
▼命式の読み方を載せた独学テキスト販売▼
www.sudechi.com
■終わりに
綱引きの綱を奪い合うな!俺が切っといたっていうミサワの台詞地味にツボる。